【下京区】新選組の足跡を追って「光縁寺」で新選組隊士のお墓参りをする

光縁寺

大河ドラマの影響か、また幕末ブームがやってきているようです。

私はどちらかというと討幕派。そのせいか新選組に対しては「開国を遅らせた田舎侍」くらいの印象もなきにしもあらずでしたが(すみません)今回はそのような先入観を一層すべく、新選組の足跡を追ってみることにしました。

四条大宮駅を出て歩くこと数分、大通りから一本入ったところにある光縁寺です。数名の新選組隊士のお墓があります。

新選組のお墓参り

関東からやってきた新選組にとってこのあたりに頼るものはなかったと思いますが、なぜ光縁寺にお墓があるのか。新選組と光縁寺の繋がりのひとつは近くに新選組の馬小屋があった、というものだそうです・・・。

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ちなみにその馬小屋はこちら。この細い路地の向こうが当時の馬小屋があったらしく、現在グラウンドになっているそうです。

細い路地

しかしこの細い道はアスファルトで舗装されているとはいえ「150年ほど前は本当に隊士たちが通ったのか・・・」と思うと少しドキドキしてきました。

また、光縁寺のご住職は縁もゆかりもない方々のお墓の面倒を見ることをよしとするほど懐の広い方だったというお話でしたが、新選組隊士の一人、山南敬助の山南家の家紋とここ光縁寺の家紋が同じであった、というのも親交を結ぶきっかけのひとつでもあったそうです。

丸に右離れ三つ葉立葵です。

三つ葉立葵

さて、では平成の世に光縁寺へ入るのには「供養料」として100円お納めします。

新選組隊士のお墓(案内板)

一見、「家の近くにもありそうなこじんまりとしたお寺」ですが、右手には中嶋来章と有章のお墓がありました。

中嶋来章といえば幕末に「平安四名家」と呼ばれた絵師です。

新選組の墓石だけではなかったのですね・・・。本堂を裏へ回り、お墓へお参りをしてきました。山南敬助のお墓のほかにも隊士数名のお墓がありました。

あとは「沖田氏縁者の墓」もありました。沖田総司ご本人のお墓ではありませんが、当時沖田と夫婦関係にあった女性のものではないかとの説です。

本堂へもお邪魔しました。山南敬助はじめ、隊士たちの位牌がありました。

本堂

「新選組」が「壬生浪士組」だったころからの仲間である山南敬助がなぜ脱走したのか。

そしてその山南敬助を追ったのが、山南を慕っていた沖田であること。また、沖田を向かわせたのは土方の采配であったこと。新選組といえばのエピソードへ思いを馳せつつ、しんとした本堂で手を合わせてきました。

本堂

お墓の写真を撮るのはどうにもはばかられたので、ぜひ足を運んでもらいたいです。光縁寺でももちろん御朱印をいただいてきました。また、本堂にはスタンプもいくつか並べられており、いい旅の記念になりました。

旅データ

  • アクセス:阪急「阪急大宮駅」から徒歩3分
  • 供養料:100円
ミキ

ミキ

お城やお寺が大好きです。荘厳さや豪奢さも好きですが、どこか懐かしいな、という風景により惹かれます。そのくせ特別拝観と聞くとやはりソワソワするので、「特別」は年に数回の贅沢として楽しんでいます。

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